アメリカの医療保険改革
3月30日に、米医療保険改革法の修正案がオバマ大統領の署名を経て成立しました。
これは歴史的なことで、1935年に社会保障法(Social Security Act)や1965年に公的医療保険制度(Medicare)が制定されたことと同じぐらいに重大なことです。
2003年。私はアメリカの医療は競争原理が上手く利用され、日本より効率がよく質の高い医療が提供されていると思い、それを学ぶべくして留学したのでした。しかし、アメリカの医療制度について学ぶ中で、アメリカには無医療保険者が460万人もいること、乳児死亡率が先進国の中では高く、平均寿命は日本より短く、日本の倍以上のGDPが医療費として利用されていることを知りました。
2005年。私は勤務先の医療保険プランに問題なく加入することができ、個人的にはアメリカ医療に対して特に問題はありませんでした。けれでも、病棟で働く中で、患者さんの実体験から悲惨なアメリカの医療の姿が浮き上がってきました。例えば、持病がある場合には保険会社から加入が否定されてしまうこと。処方箋が高額なため自宅での内服治療を継続できないという患者さん。またある方は、「この手術が保険がカバーされればいいけれども...」と心配しながら、手術室に向かいました。そして、ある日本人の患者さんは、重症で絶対安静を強いられながら、「この急変のせいで息子の大学資金がなくなってしまう」と涙を流していました。このような話を通して、日本とはレベルの違った悲惨さが身にしみるようになりました。もちろん、このような患者さんを援助すべく、病院のソーシャル・ワーカー・サービスは充実しているのですが、事のスケールの大きさには対応できません。
結論。アメリカの医療はある程度の収入があれば特に不自由はありません。けれども、それは健康な人の場合のみ。ひとたび治療が必要となった場合には、保険に加入していても、医療保険会社がその治療を認可するかでドキドキし、支払額が対処できる額であることを祈るようになります。
ついつい、熱が入ってしまいましたが、この7年間アメリカで生活し、病棟で働いていると、日本と違ったスケールで医療保険制度が「保険」になりにくくなっていることを感じます。本当の「保険」とは、万が一のため出来事のために個人が集合することで、リスクを分散する制度です。ところが(私の解釈では)、アメリカでは医療保険会社は、「保険」会社としての機能より、営利会社としての機能が勝ってしまっているようです。そうしますと、営利会社としては当然のごとく株主を満足させなくてはなりませんし、生存をかけて厳しい競争に勝ち抜かなくてはならず、どの企業でもあるように不利益な契約は最小限するようになります(つまり、医療費のかかる人はなるべく加入させない、保険適応の範囲を狭めるなど)。
今回、この医療保険法案が制定された意義は大きいです。なぜもっと早く通らなかったのかが不思議な位です。本当は、医療保険制度改革が話題の中心であるべきなのに、なぜか中絶問題が絡んできたり、「これは政府のもくろみである」などと解釈され、本当に話がねじれました。この法案はもちろんパーフェクトでなく、財源の確保など問題はつきませんが、まずは踏むべくして最初の一歩が出せてよかったと思っています。
http://www.healthreform.gov/ より