【値切る女】

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こんにちは!嶋津です。
急な冷え込みで朝起きてしまいます。毛布を出さないといけませんね。ブログに以前も書いたことがありますが、世界一人旅であった出来事が今日にも生かされている話をさせて頂きます。

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■エピソード1『守られてる』
場所はエジプト。王道にピラミッドを見たり、ナイル川を下ってアブシンベル神殿というところに訪問したり、もう一生こないだろうと、とにかく考古学的な観光をしていました。

場所によってはAK47という自動小銃を持った護衛の方に頼んで移動が必要だったり、変なおじさんに連れていかれそうになったり、馬車に乗ったら堂々とセクハラされて飛び降りたり(さすがに馬車から飛び降りる人はいないようでエジプト人もドン引き)今思えばかなり危険な旅だったのですが、一番怖かったのは次の日行こうと思っていた観光地で爆破テロがあり、旅行者にも被害があったこと、次の日同じ航空会社の同じ時間に乗ろうと思っていた飛行機が事故で堕ちてしまったことを聞いた時でした。

しかし、同じように突然の激しい生理痛でマーライオン前で倒れた時、トイレで絨毯を敷いて休ませてくれた黒いブルカの女性、寝台列車の乗り方が分からず困っていた時助けてくれてシーシャを奢ってくれたイケメンの男子(別れ際の挨拶は「返ってきたら2番目の妻になってよ!」)寝台特急で息子をアメリカの大学に行かせたいから死ぬ気で働いて頑張っているというお父さんに日本からもってきたマルボロライトをを差し出したら、次の日早朝に「今一番いい景色だからおいで!」と最高の朝日をみせてくれて、従業員がタバコを吸うところでタバコを吸わせてくれたり(当時はスモーカーでした)、美帆(私の名前)が英語でbeautiful sailなら、エジプトのbeautiful sailはこれだとfeluccaという美しい帆をまとった舟を見せてくれたおじさまなどなど、たくさんの人に支えられ、守られ、運に生かされた旅でした。

その後わかったことですが、私には人より多く守護霊がついているそうです(信じるか信じないかはあなた次第)そして、その後日本で始めたベリーダンスのダンサーネームはfeluccaでした。

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■エピソード2『敵は自国民』
場所はトルコ。エジプトからイスタンブールに降り立った私は、とにかくビールと紅茶が飲みたい、その一心でした。エジプトでは宗教上の理由からお酒が飲めませんが、トルコは割と寛容です。空港でビールを飲み干し、ヨーロッパ側からアジア側に移動するフェリーの中で紅茶を頂き、もう名前は思い出せないけれど、ゆべしのようなお菓子をほおばりながらたくさんのトルコ建築を遠くに眺めていました。どの観光地にも猫や犬がいて、トルコ人が動物を大切にしてるところを垣間見たり、日本人が行かないエリアに行くとフーリガンの男の子たちに囲まれて撮影会が始まったりしましたが、特に危ない思いはせずに過ごしていました。
トルコでは日本人にもよく会いました。トルコ語が全く分からず、英語じゃなくてドイツ語でしゃべってと言われる環境で疲れていたので出会った日本人と夕飯を食べたりして過ごすこともありました。

ある夜…同じホテルで出会った日本人男性2人に食事に誘われ、トルコ伝統のRAKIというかなりまずいお酒(2023年現在、お金を持った友人がトルコに行ったので聞いてみたら、4000円くらい払えばおいしいのが飲めるそうです)を飲んだり、色々お酒が入ったところでホテルに戻ることになったのですが、2人のうち1人の男性が、私のホテルの部屋に押し入ろうとしてきました!!!なんとこれまで危ない思いをしないトルコで日本人から危ない目にあうとは。そんなことがありましたが、私は船乗りの子。当時酒も強かった。とりあえず1回ビンタして、相手がつぶれるまでRAKIを飲ませてもう片割れに迎えに来させて事なきを得ました。明朝、朝からながれてくるコーランを聞きながら、腹立つな、あの男。と思いながら気分を変えるためにスターバックスに向かうのでした。

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■エピソード3『値切る女』
時は立ち15年後の2023年。私は日本で普通のサラリーマンをしている。ある日、私のイギリス人のパートナーが大好きなラッパー2PACのトレーナーが売られているところに通りかかった。しかしそのお店はバリバリの黒人のお兄さんが観光客に高い値段で売りつける感じの怪しい店でした。

「どうしようかな。でも2PACのトレーナーなんて普通に売ってないしな」そんな葛藤をしながら外から眺めていると、黒人のお兄さんから「ヤスクシテアゲル!」と言われ、「やはりきたか」と思った私は「ちょっと旦那さんにプレゼント〜あとでまた見に来るよ」と伝えうまく巻いた。値段はよくわからなかった。

仕事が終わり、旦那さんから2PACの服欲しい!とお返事が来ていたので再度見に行くことに。私にはよくわからないがLAの有名ブランドの服も売っていて、ビデオ電話越しの旦那さん大興奮。「じゃあこれとこれ、買いたい」
私がそういうと「イイネイイネヤスクシテアゲル4万だから3万6千エンデイイヨ」とお兄さん。

え、高っ!!!!!やっぱりそういう店だよな。仕方ないな付き合うか。私はそう思い、今までの海外経験をフルに生かして値切り交渉に入りました。

Hey, you know I speak English and I love my husband, yeah?
I want it half price for his present. I got only 20000yen.
英語で2万しかないけど旦那にプレゼントしたいからまけてくれととりあえず半額で挑みました。(都内1等地で売られていたのでさすがに10分の1とか言えなかった)

その後お互い押し問答しましたが、引かない私、英語でとにかくブラザーお願い!2万超えるなら旦那に払わせる!プレゼントだけど!!!と何度も伝えた。英語が話せることにびっくりしたお兄さん、そして旦那の2PACへの愛、私の旦那への愛を受け取ったお兄さんは、現金で19800円にただでスポーツブランドの防止までつけてくれて決着がつきました。

旅を通して百戦錬磨の私は、今日も楽しく生きています。旅で得るものは多い。ちなみにお兄さんから買った商品のうち1つは日本の普通の流通経路で買うと25000円だったことがわかり、なんかごめんと思いながら帰路についたのでした。(本物かわかりませんけどね!)

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