【明石焼】

こんにちは!広島支店の小瀧です。
GWも過ぎ、昼間はまるで夏のような暑さが続き、街では「カキ氷」の看板を見受けられるようになりましたね。
いよいよ夏ももうすぐですね!7月まで祝日や3連休がありませんが、お体にどうぞご自愛くださいませ!!

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さて今日は、「玉子焼(=明石焼)」のお話をさせていただきます。
GWの帰省ついでに、兵庫県明石市を訪れました。明石市といえば、東経135度日本標準時子午線の通報都市として全国に知られていますよね。
そして鯛、蛸、いかなご…等海産物でも有名ですね。
その明石の代表する食べ物の一つが、だし汁につけて食べる、「玉子焼(=明石焼)」なんです。
1度は召し上がられたことがあるという方は多いかもしれませんが、ルーツをご存知でしょうか。
実は大阪のタコ焼きのルーツは、明石の玉子焼にあるといわれています。

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昭和の初め、大阪にコンニャクなどを入れたラジオ焼きという食べ物がありました。このラジオ焼きに、戦前、タコを入れて商売を始めた人がいました。これが大阪のタコ焼きの始まりです。
しかし、なぜラジオ焼きにタコを入れるようになったかといえば、ある大阪のラジオ焼きの店を訪れたお客の一人が、「明石ではコンニャクの替わりにタコを入れている」といったことがヒントになったといわれています。以来、この店ではタコを入れるようになり、大変繁盛し、戦後あっという間に大阪中にタコ焼きが出来ました。
このため、タコ焼きのルーツは明石に、つまり玉子焼きにあるといわれています。

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ところで、玉子焼きのルーツは、一つは、明石の殿様のお菓子を作るのに、玉子の黄身だけを使った。すると残りの白身がもったいないので、これを利用して玉子焼きを始めたというものです。
もう一つは、江戸時代の末期、天保の頃、べっ甲細工師の彼がこれにヒントを得て作り出したものが「明石玉」。明石玉は玉子の白身を接着剤として硝石などを固めたもので、珊瑚の替わりとしてかんざしなどに使われた。大変人気を得ていたようで、明治・大正の頃の記録を見ると、明石の重要な産業の一つになっていた。そして玉子の黄身は副産物として大量に残った。この不用品の黄身と小麦粉、さらに当時からたくさん取れていたタコを活用して出来たものが玉子焼・・・というものです。

明石には、「玉子焼ガイドマップ」なるものがあります!各お店で、味、大きさ、つけだしに特徴がありますので、ぜひ一度、マップを片手に、一軒ずつ廻って食べ比べてみてはいかがでしょうか。安くてうまくてお勧めです!!

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